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五島美術館の石仏( その3 )
五島美術館の石仏( その1 )で珍しい六観音を紹介しましたが、今回は夫々を一体ずつの画像で紹介をします。 聖観音・如意輪観音・馬頭観音・准胝観音・不空羂索観音・千手観音・十一面観音が七観音ですが、天台系では准胝観音を、真言系では不空羂索観音を除いて六観音としています。紹介する六観音には准胝観音があり不空羂索観音がありませんが、五島美術館庭園の石仏の多くは東急が伊豆急行を開発( 敷設 )した際に、移さざるを得なかった石仏を集めたものです。別々の場所から集められた観音を六観音として並べた方は、真言... ...続きを見る |
2008/06/22 17:28 |
五島美術館の石仏( その2 )
前回に続き、五島美術館の庭園で見かけた石仏を紹介いたします。 案内板に従い庭園の遊歩道に沿って歩くと、最初の出会うのがここに紹介する大日如来です。近くには石仏では少ない部類に入る釈迦如来がありました。 ...続きを見る |
2008/05/25 08:38 |
五島美術館の石仏( その1 )
昨年11月18日の日曜日、高校時代の友人との飲み会前の時間を利用して、家内を伴って東急大井町線上野毛駅近くの五島美術館を訪ねました。 ...続きを見る |
2008/05/10 18:00 |
磯子区の石仏−12 岡村天満宮
【 磯子区HPでの紹介 】深い緑と鮮やかな朱色が美しい天神様 見上げるような石の大鳥居が迎えるこの天満宮は、京都の北野天満宮の分霊を、源頼朝の家臣が祭ったことが始まりだと伝えられています。境内には針塚や筆塚の碑、なでるとご利益があると言われる石の撫で牛像があります。明治から昭和の初めまでは天神参りでにぎわい、8月の例祭を中心に多くの参拝者が訪れていました。現在も学問の神様として、合格祈願の人々を集めています。そのほか、2月8日の針まつりでは着物姿の女性が多数訪れ、華やかな雰囲気に包まれます。 ... ...続きを見る |
2008/05/06 06:55 |
石仏の手引き−15 地蔵菩薩
出現の背景:釈迦が入滅し、弥勒出世の56億7千万年後までの間の人々を救うほとけといえば観音・阿弥陀がありますが、それらの救いにもれた人達までも救うばかりでなく、信心も知らない子供の死後を導いてくれるほとけとして信仰されました。 ...続きを見る |
2008/04/29 08:47 |
石仏の手引き−14 虚空蔵菩薩
出現の背景:太陽や星を神として信仰することは原始時代から行われていましたが、それらを含む虚空を神として考えられたものです。 ...続きを見る |
2008/04/27 10:26 |
磯子区の石仏−11 真照寺
【 磯子区HPでの紹介 】毘沙門天と龍の寺 磯子小学校北側道路の向い側にある真言宗のお寺です。古い寺で開山の詳しい年月はわかりませんが,元暦元年(1184年)平子氏により一族の菩提寺として再興されました。本尊は,再興時には不動明王を祀っていましたが,現在では高野山から勧請した阿弥陀三尊像を安置しています。磯子七福神の毘沙門天もまつられています。 ...続きを見る |
2008/04/20 08:13 |
磯子区の石仏−10 密蔵院
【 磯子区HPでの紹介 】閻魔様もまつられている寺 慶長時代に開山したといわれる密蔵院は、不動明王を本尊とする寺です。堂内には本尊のほかに、閻魔大王をはじめとする十王像などが安置されています。これは臨終と同時に、人間が冥土で10人の王に裁かれる「十王思想」に基づいて江戸時代につくられました。磯子七福神の布袋尊もまつられています。 ...続きを見る |
2008/04/06 07:04 |
磯子区の石仏−9 日枝大神
【 磯子区HPでの紹介 】大太鼓で新年を祝う神社 山の中腹にある日枝大神は、何百年も前から旧磯子町の鎮守として親しまれている古社です。火災や震災で何度も失われた社殿ですが、その度に氏子一同の協力で復興されました。新年には、参拝者とともに大太鼓をたたく初詣の行事があります。また、8月の例祭もにぎわいます。 ...続きを見る |
2008/04/05 15:03 |
磯子区の石仏−8 金蔵院( その2 )
境内の一角に整備され雛壇に安置されている、無縁仏群の中の薬師如来と如意輪観音を紹介します。石仏は私たちの先祖が祈り、心をこめて造立し私どもに残してくれた貴重な文化遺産です。大切に護られている様子を見て安心しました。 薬壺を持つ薬師如来は横浜市内でも見ることが少ない石仏です。そんな薬師如来を無縁仏群の中に、二体も見つけました時には感激を覚えました。 お馴染みの如意輪観音二体は、共に元禄と刻まれています。右下の如意輪観音は、観音そのものよりも手前で合掌する石像が愛らしく、... ...続きを見る |
2008/03/30 09:49 |
磯子区の石仏−7 金蔵院
【 磯子区HPでの紹介 】極彩色の観音堂 磯子観音の別名で、安産や厄よけの信仰を多く集める金蔵院は、鎌倉時代に創建されたと伝えられています。本堂左にある極彩色の観音堂は、200年の歴史を持つ群馬県妙義神社の護摩堂を昭和49年に移築したものです。堂内は、元禄時代につくられたといわれる欄間や、ボタン・キク・サクラなど十数種類の花が描かれた100枚の天井板で美しく彩られています。また、毎年節分祭で豆まきが行われることでも広く知られ、磯子七福神の弁財天もまつられています。 ...続きを見る |
2008/03/29 08:28 |
春彩歩月童女
以前に東京都府中市宮西町にある称名寺の、墓地入口に集められた石仏・石塔群の中で見かけた、慈母観音と思われる石仏を紹介しました。今回もまた多摩府中保健所に用事があり立ち寄ってみましたが、墓地入口に集められた石仏・石塔群は全て片付けられ、お目当ての慈母観音に会うことは出来ませんでした。 仕方無しに墓地を歩いていて見かけたのが、紹介をする愛らしい地蔵像です。 ...続きを見る |
2008/03/15 09:16 |
石仏の手引き−13 普賢菩薩
出現の背景:成仏するための菩提心をつかさどるほとけの要求から出現しました。 ...続きを見る |
2008/03/09 00:15 |
磯子区の石仏−6 海照寺
残念ながら磯子区のHPでの紹介はありませんが、先に紹介した根岸八幡神社・宝積寺・大聖院と同じ根岸地区に属する寺院ですので、紹介をします。 ...続きを見る |
2008/02/11 12:00 |
磯子区の石仏−5 大聖院( その2 )
本牧通を西に5分ほど、少し離れた墓地の石仏たちの一部です。 ...続きを見る |
2008/02/10 07:51 |
磯子区の石仏−4 大聖院( その1 )
【 磯子区HPでの紹介 】本堂天井には赤い龍が躍動します 室町時代に創建されたと伝えられる大聖院。この本堂天井には力、強い「赤龍」が描かれています。作者は、日本画壇を代表する「赤」の作家・奥田元宋画伯。昭和56年に、龍子夫人の7回忌供養に 奉納された画で、夫人の名にちなんで描かれた「赤龍」のまわりを門人たちの可憐な花々が彩ります。そのほか、江戸中期の彫刻「雨乞いの竜」と呼ばれる欄間が今も残っています。この欄間は、実際に明治末ごろまで、海中に浸して雨ごいの儀式に使っていた歴史あるも... ...続きを見る |
2008/01/27 16:17 |
磯子区の石仏−3 宝積寺( その2 )
宝積寺から少し離れた墓地内の数多くの石仏の中から、その一部を紹介します。墓地内で最も古い貞亨2年の阿弥陀如来、享保8年の如意輪観音、寛延元年の大日如来と紀年銘は読めませんが立像如意輪観音です。 ...続きを見る |
2008/01/19 17:40 |
磯子区の石仏−2 宝積寺( その1 )
【 磯子区HPでの紹介 】上り龍・下り龍が迎える寺 鎌倉時代に建立されたと伝えられる宝積寺。昭和初期に建てられた総けやき造りの本堂が見事な構えを見せています。入口にある力強い一木造りの上り龍・下り龍の彫刻や、季節の移り変わりを見せる美しい庭が人々を迎えてくれます。 本堂脇には、子どもたちが健やかに育つようにと発願した「千体地蔵」や、磯子七福神の恵比寿様もまつられ ています。 ...続きを見る |
2008/01/14 09:45 |
磯子区の石仏−1 根岸八幡神社
私の住む横浜市磯子区のHPには“区内の見どころ”として区内の寺社が紹介されています。私の画像ファイルと併せて順次紹介をしたいと思います。 ...続きを見る |
2008/01/13 11:24 |
十二支守り本尊(その2)
前回、十二支守り本尊信仰で、戌年の守り本尊が阿弥陀如来であることを紹介しました。十二の方位には、そこを守る8体の守護仏がいるとされており、その方位と同じ生まれ年(干支)の守護仏となるとされている守り本尊は、古来より開運・厄除けの守護仏として人々に親しまれてきた仏のようです。 ...続きを見る |
2008/01/05 09:39 |
府中駅周辺の石仏
業務の関係で先月から数回、東京都府中市宮西町にある多摩府中保健所に出向きました。下車駅は京王線の府中駅。駅前の「ケヤキ並木」は、その名の通りケヤキの大木が涼しげな木陰をつくっています。 ...続きを見る |
2007/12/30 13:52 |
十二支守り本尊(戌年)
私よりも一回り上の年齢で私の石仏の先生とも言えた、義兄の七七日法要と納骨式が7月下旬に行われました。義兄は1934年生まれの戌年生れでした。 ...続きを見る |
2007/12/29 05:56 |
石仏の手引き−12 文殊菩薩
出現の背景:無私公平な知性による判断が出来る知恵のすぐれた菩薩の要求により出現しました。 ...続きを見る |
2007/12/24 10:20 |
石仏の手引き−11 勢至菩薩
出現の背景:知恵を現わす菩薩で、二十三夜待の主尊とされます。 ...続きを見る |
2007/11/18 06:18 |
三面六臂の地蔵菩薩
私の石仏の先生とも言える義兄が、本年6月16日に亡くなった。義兄との石仏話で忘れられない思い出は、「三面六臂の地蔵菩薩」のことである。 ...続きを見る |
2007/11/14 11:54 |
円覚寺の魚藍観音
6月○日は我が家の結婚記念日です。お蔭さまで今年は25年目、俗に言う銀婚式を迎えることが出来ました。1泊2日という短い旅でしたが、健保組合の保養所を利用して、久しぶりに妻と二人で古都鎌倉を楽しんできました。 ...続きを見る |
2007/11/11 05:16 |
石仏の手引き−10 准胝観音菩薩
出現の背景:外的災難から救済することを中心とする他の多くの観音とはちがって、精神的危難・精神的迷いからの救済を強調した観音です。 ...続きを見る |
2007/11/04 18:52 |
石仏の手引き−9 如意輪観音
出現の背景:変化観音の多くはヒンズー教の神から出発しましたが、仏教の教理からはずれない観音信仰を確立するために出現しました。 ...続きを見る |
2007/11/03 18:59 |
一猿の庚申塔
ゴールデンウィーク前半の4月29日に、高校時代の恩師を囲む会を企画し恩師も含めて7名の参加を得ました。6年前にも同様の企画をして会っていた人もおりましたが、高校卒業後42年を経た友の変貌には驚きました。 東京都練馬区・港区、さいたま市、相模原市、藤沢市、ふじみ野市から参加を頂いたものです。そんな皆さまの地元の石仏は?と思い、ファイルから探してみました。記憶にあるのは東京都港区と藤沢市ですが、その中から藤沢市の白旗神社で見かけた、一猿の庚申塔を紹介します。 ...続きを見る |
2007/10/28 08:57 |
天下泰平を願った供養塔
紹介する画像は、埼玉県春日部市の東武野田線・豊春駅前にある、地蔵院墓地で見かけた供養塔です。 左は天下泰平・國土安全と刻む文政4年銘の( 出羽 )三社大権現供養塔。右は天下泰平・國土安穏と刻む嘉永6年銘の読誦普門品供養塔です。共に立派な供養塔ですが、側面には武州埼玉郡上蛭田村の文字も見え、庶民の願いであったことが伺えます。 ...続きを見る |
2007/10/27 08:39 |
模造の道祖神
“模造の道祖神”と言っても、ピンとこない人が居るかも知れません。そもそも仏像とは儀軌(仏像のお手本)に定められた像容に彫られるものであり、基本的には模造そのものなのですから…。さらに石仏になると材質や彫像技術等の問題から細部が省略されることも多く、同じ様な像容に造られることが多いのです。 信州や上州など本州の山間部を歩くと、あちらこちらでおかっぱ風の髪型・童顔で合掌した両の手もいかにもあどけない愛らしい馬頭観音にお目にかかりますが、これらは同一(同じ地区)の石工により制作されたこ... ...続きを見る |
2007/10/22 23:28 |
石仏の手引き−8 馬頭観音
出現の背景:ヒンズー教の最高神の一尊であるヴィシュヌ神が馬頭に化身して強力な力を発揮したという神話から来たものです。 ...続きを見る |
2007/10/21 02:50 |
石仏の手引き−7 千手観音菩薩
出現の背景:絶大な威力をもって大衆を守護してくれる観音に対する期待はますます大きくなって行き、ついには千本の手を持っている観音像が作り出されました。 ...続きを見る |
2007/10/16 11:37 |
酒呑羅漢とAROT
昨年6月に“ウェブリブログ”で「石仏( AROTのひとり言 )」を開設して、早いもので一年が経ちました。「FrontPage Express」 というソフトを利用して「庶民信仰のこころ『石仏』」というホームページを公開していますが、Microsoft 社の都合でソフトの配布が中止となり、更新が出来ない事態となったための緊急避難でした。 ...続きを見る |
2007/10/14 07:00 |
石仏の手引き−6 十一面観音
出現の背景:十一面をもって、聖観音よりも遥かに強い力を持って大衆を救済すると考えられました。 ...続きを見る |
2007/10/13 06:08 |
石仏の手引き−5 聖観音
出現の背景:別項で紹介する予定の十一面・千手・馬頭・如意輪などのような、多面(顔)多臂(手)の変化観音と区別して、人間的な姿の1面2臂の観音像を聖(正)観音と呼びます。 ...続きを見る |
2007/10/08 07:09 |
石仏の手引き−4 大日如来
出現の背景:如来ばかりではなく、菩薩や明王・天などの、多数のほとけを統一するものが必要とされました。 ...続きを見る |
2007/10/07 09:42 |
石仏の手引き−3 薬師如来
出現の背景:死の恐れをとり去ってくれる阿弥陀如来につづいて、人間の死をも招来する病気の平癒を祈るほとけとして出現しました。 造形的特徴:木彫仏像などでは、与願施無畏印で薬指を前に曲げる姿もありますが、石仏のほとんどは手に薬壷を持つ姿で表されます。 ...続きを見る |
2007/09/30 09:14 |
石仏の手引き−2 阿弥陀如来
出現の背景:仏教のさとりの境地に到達することは困難なことであり、困難を感じる人達は仏教信仰に対して絶望感をもちはじめました。それは恐怖にも似た死に対する不安感をかきたて、人間の死に際して西方の阿弥陀浄土から枕辺に迎えに来て極楽往生させてくれる阿弥陀如来が必要とされました。 ...続きを見る |
2007/09/29 07:58 |
目黒区は庚申塔の宝庫?
前に職場近くの「五本木庚申塔群」を紹介しましたが、今回は上目黒2丁目の天祖神社に建つ庚申塔を紹介します。 ...続きを見る |
2007/09/17 10:28 |
石仏の手引き−1 釈迦如来
出現の背景:人間としての教祖釈迦が次第に過去のものになり、ほとけとしての釈迦の象徴の要求から出現しました。 ...続きを見る |
2007/08/26 11:22 |
気になる石仏
永いこと石仏と接していると、あの石仏は今どうなっているかな?と気になることがあります。実家のある守谷市や、家内の実家がある春日部市の寺社等にも気になる石仏はありますが、地元の宝積寺にもとても気になる石仏があります。 ...続きを見る |
2007/08/05 18:10 |
風雪の年輪を感じる石仏
このブログでも何回か紹介をしていますが、群馬県利根郡月夜野町に上牧という温泉地があります。私にとっては初めての本格的な石仏との出会いの地であり、2003年6月には結婚記念日の旅行として、再訪した地でもあります。 ...続きを見る |
2007/07/22 09:17 |
五本木庚申塔群
職場の同僚から「近くに庚申塔群がある」と聞いて、昼休みを利用して訪ねてみました。東京都目黒区五本木、都会の住宅街の真っ只中に、何基の庚申塔があるのか不安もありましたが、小堂内に庚申塔四基、地蔵尊一基、堂前右手前に念仏塔一基、堂外左後方に庚申塔一基が建っていました。「五本木庚申塔群」と呼ばれているようで、目黒区の有形文化財にも指定されているようです。 ...続きを見る |
2007/07/15 18:12 |
徳蔵寺の庚申塔−3
前に「徳蔵寺の庚申塔−2」で同寺の庚申塔のひとつについて、「庚申塔は庚申年に造立されたものが多いのは事実ですが、庚申年銘の石塔=庚申塔と判断するのは如何なものでしょうか?」と感想を書きましたが、今般、品川区在住の平塚様から貴重なご教示を頂きました。その概要を紹介させていただきます。 『「品川区史料(ニ)」品川区教育委員会 昭和58年発行 によりますと、同寺にある延宝5年庚申塔にある施主名 清水吉兵衛・福本久三郎・福本清兵衛・林 理兵衛・林 伝兵衛・原口作右衛門・原口七十郎・小寺万... ...続きを見る |
2007/07/14 19:05 |
祐天寺の石仏
還暦を迎えた後、「まだまだ現役」を目指して第二の人生を模索していましたが、祐天寺駅近くの会社に嘱託採用された縁で、有名な祐天寺を訪ねたものです。 ...続きを見る |
2007/06/24 10:02 |
吉平観音堂の石仏たち
前回は石仏愛好家AROTとしての第一歩を記した、上牧温泉吉平観音堂の如意輪観音を紹介しましたが、今回は吉平観音堂に佇む数多くの石仏群の中から、AROT好みの石仏2体を紹介させていただきます。2003年6月、21回目の結婚記念日に家内と共に上牧温泉を訪ねた際の画像です。 ...続きを見る |
2007/06/03 11:19 |
吉平観音堂の如意輪観音
JR上越線、温泉地として有名な「水上」(みなかみ)の一つ手前に「上牧」(かみもく)という駅がある。群馬県利根郡月夜野町で、余り知られてはいませんが上牧温泉があるところです。(谷川岳で有名な土合駅からも三駅手前です) ...続きを見る |
2007/05/27 11:14 |
石仏探索の原点
皆さま夫々に石仏にのめり込んだ原因があろうかと思いますが、私の本格的な石仏たちとの出会いは、20代後半に家族と群馬県利根郡月夜野町の上牧温泉に行った時、宿(辰巳館)に石仏にのめり込む契機となった入門書(上牧温泉周辺の石仏遺跡めぐり)が置いてあり、散歩を兼ねて撮影に歩いたのが最初です。 ...続きを見る |
2007/05/20 08:57 |
白沙村荘の石仏
京都の東、銀閣寺の手前に在る「白沙村荘」は、多くの方のブログにも取り上げられていますので、ご存知の方も多いことと思います。大正、昭和にかけて活躍した日本画家、橋本関雪が30年の歳月をかけて創り上げ、東山を借景として望む庭園は、四季折々の自然に溢れることでも有名です。 白沙村荘を訪ねたのは今から7年前、娘の県立高校入学を記念しての家族旅行の折でした。その娘も、今春には大学を卒業して社会人になりました。 ...続きを見る |
2007/05/06 06:56 |